History

なぜ、飲料研究家なのか。

マジシャンを目指した少年が、その肩書を選ぶまで。

りんごとワサビ。
スイカとゴルゴンゾーラ。
メロンと生ハム。
トマトと紅茶。
コーヒーと山椒。

普通なら出会わない組み合わせが、口の中で驚きに変わる。

コーヒーもカクテルも、私にとっては仕事である前に、驚きや楽しさをくれる飲み物。 そしてその体験は、目の前の人に手渡すこともできる。 それを知ったのは、バーカウンターでもエスプレッソマシンの前でもない。マジシャンを目指していた頃だった。

01

人を楽しませたくて、マジシャンを目指す

徳島県で生まれ、小学生の頃から人を楽しませることが好きだった。当時のテレビは空前のマジックブーム。毎週のように特番が流れ、いつしかマジシャンを目指すようになる。田舎町に教えてくれる師匠はいない。学校が終われば部屋にこもり、トランプ片手にひたすら独学の日々。やがて地元で演じる機会をもらえるようになり、ローカルテレビにも出演した。

学生時代、マジシャンとして紹介された記事の切り抜き

02

トランプから、ミルクピッチャーへ

けれど、プロのマジシャンとして食べていく道の厳しさを知り、その夢はあきらめる。転機になったのは、アルバイト先のシアトル系コーヒーショップだった。ミルクがカップの中で一枚の絵になる「ラテアート」に出会う。目の前の相手を一瞬で驚かせ、笑顔にする。それは、飲めるマジックだった。

18歳でコーヒーの世界に入る。ラテアートの世界チャンピオンが在籍していた関西の洋菓子店のカフェで、バリスタとして本格的なキャリアをスタート。数年後、当時国内最大級だったラテアート大会で準優勝(全国2位)。そこでラテアートにひと区切りをつけ、探求の軸を「描く」から「味わう」へ移していった。

ラテアート大会で準優勝した作品
2012 BLENZ Free Pour Latte Art Competition 準優勝作品

03

カクテルは、マジックに似ていた

その頃、日本で初めて開催されたコーヒーカクテルの競技会(JCIGS)が話題を集めていた。コーヒーカクテルの可能性に惹かれ、同時に、当時流行していたミクソロジースタイルのカクテルにも心を奪われた。目の前で料理を仕上げるように組み立てられ、一杯の中に物語が込められる。カウンターの中でなら、私にもこれができる。そう思って、バーテンダーになるために上京を決めた。

働きながら社会人向けのバーテンダースクールに通い、卒業後はミクソロジーバーの世界へ。銀座と麻布十番の店舗で修行を重ねた。カウンター越しにお客様と向き合う距離は、マジシャンとしてテーブルにトランプを広げていた、あの距離と同じだった。カフェの接客より一歩深く踏み込める、バーという場所が天職だと気づいた。

バーカウンターで、煙をまとったカクテルを仕上げるところ

04

2017年、ふたつの世界大会

20代は競技会に打ち込んだ。バリスタ・バーテンダー合わせて、出場は30回以上。

そして2017年。アイリッシュウイスキー「JAMESON」主催のバーテンダー大会で国内優勝し、翌月の世界大会では26ヶ国中2位。同じ年、シロップメーカー「MONIN」主催のバリスタ向けアレンジドリンクの競技会でも国内優勝し、15ヶ国が集った世界大会ではチャンピオンになった。

JAMESON BARTENDERS’ BOWL 日本大会で優勝したときの様子

05

つくる側から、伝える側へ

2018年からは、エスプレッソマシン輸入商社「株式会社大一電化社」に籍を置き、専属バリスタとして現在も活動を続けている。並行して、飲料をテーマにしたCMやメディアの技術監修、商品開発、専門学校での講師へと、つくる側から伝える側にも仕事を広げてきた。

実は、マジシャンの夢をあきらめたとき、「学校の先生になりたい」と考えた時期がある。教えることもまた、人を楽しませ、驚かせる方法のひとつだからだ。眠くなる授業より、楽しくなる実践を。その姿勢は、いまも変わらない。

カウンターでセミナーを行っているところ

06

まだ知らない驚きを、探しに

世界には、まだ知らない味わいの液体がある。ニューヨークのバーで出会った、冷麺の味がするカクテルや、マルゲリータピッツァを一杯のグラスに再現したカクテル。ヨーロッパ、中東、東南アジア、オセアニア。土地が変われば素材が変わり、味わいの傾向まで変わっていく。

だから今も、世界各地のカフェとバーを巡る旅を続けている。驚きをくれる液体を探し、自分の一杯に翻訳して、今度は誰かを驚かせる。マジシャンを目指していたあの頃から、やっていることは、何ひとつ変わっていない。

ドバイの、装飾天井の下にあるカフェのカウンター

コーヒーだけでも、カクテルだけでもない。
驚きをくれる飲み物に、自由に向き合いたい。
「料理研究家」がいるなら、「飲料研究家」がいてもいい。
この肩書は、そこから生まれました。

旅の記録と、飲料の探求は続きます。